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SS クチ約束(2)

2010.05.09 *Sun*
窓を通して見える空は抜けるような青色。ぽかぽかの春の陽気。
そんな快晴の天候とは裏腹に、私の心の空模様は曇り空だった。
私は昨日と同じように部室でぼぅっとしていた。昨日と違うのは、私がここに居ても先輩たちが来ることはないということ。
さっき授業が終わった後に律先輩から『今日の部活は中止』というメールが送られてきたのだ。理由は律先輩に用事があるとかなんとか。
まぁ、嘘だろう。昨日の今日で、顔を合わせ辛いからに違いない。

「はぁ……」

静寂の音楽室。いつも賑やかに行われるティータイムも、演奏も、今日はない。
私は、やっぱり、昨日と同じように水槽を眺める。そこには昨日と変わらず呑気そうなトンちゃんの姿があった。

私は、自分が昨日言ったことを思い出す。

私が言ったことは間違いなく正しい。軽音部に音楽に興味がない人が入るのはおかしいと思うし、唯先輩と律先輩は相手の子のことも考えずにふざけ過ぎだったと思う。
でも、私の中に生まれたもやもやはそういうことではなかったんだ。
唯先輩が私の知らない誰かと親密になることを想像して、動揺した? いやいやだから、そもそも想像ができない。
だって、結局その子は普段の唯先輩、だらしなくてボケボケしてて、本当は音楽の知識なんてほとんどあやふやな唯先輩の姿を知らないのだ。
彼女が惚れたのはあくまで唯先輩ライブver.で、それは唯先輩が一番かっこよく、輝いている姿で。普段の唯先輩とのギャップがあり過ぎる。
別にどっちが本当の唯先輩だ、なんて議論をすることに意味がないことはわかってる。というか、そのどちらもが唯先輩で。
私はそんな全部を含めて、唯先輩のことを好きになったんだ。
でも、ライブの唯先輩だけを見て、あの人を好きになったという人が普段の先輩を見てどう思うか。
まぁ、普通は幻滅するんじゃないだろうか。その子が唯先輩に強く『憧れ』を抱いていればいるほど。
きっと、その子もいずれは唯先輩の実態を知って。自分が恋そのものに浮ついていただけだと気がついて。向こうの方から唯先輩に付き合ってほしい、なんてことは言わなくなる。
唯先輩はといえば、可愛い子だと言っていたし、すごく嬉しそうにしてはいたけれど、この人がその子に特別な感情を持っているとは思いにくい。
そもそも唯先輩が特定の誰かに特別な想いを寄せるというのが想像できないんだ。それは唯先輩に特別に想って欲しいと願っている私からすれば残念なことなのだけれど。
唯先輩は誰に対してでも好意を振りまく。軽々しく「みんな大好き!」と言う。「ずっといっしょにバンドしよう」と言う。
唯先輩はオモイ言葉を本当に、当たり前のように口にするのだった。
だから、その子と唯先輩が付き合うなんてことにはならないはずなんだ。

…………本当に、そうだろうか?

その新入生が、普段の唯先輩を見て幻滅するかどうかなんてわからないことじゃないのか? もしかしたら、もっと好きになるかもしれない。
恋に恋していたのが、いつの間にかきちんと唯先輩に恋するようにならないとも限らない。
そもそも、この理屈は完全に棚上げなんだ。
自分はどうだ。
恋、とまではいかなくても、先輩たちの演奏、唯先輩のギターに聞き惚れて、この軽音部に入部して。
そして、唯先輩本人に惚れていったんじゃないのか。
その子だってそうなっていくかもしれない。
もっと言えば。
私は唯先輩のことをどれだけ知っている?
確かにあの人が特定の誰かに特別な想いを寄せるというのは想像できない。ただ、あくまで私が想像できないだけで、実際はそんなことはないのかもしれない。
ムギ先輩に言われた言葉が頭を過ぎる。
『早く素直になって、唯ちゃん引きとどめとかないと。後悔することになるかもしれないわよ?』
そう言われても、どうすればいいのか。
私もちゃんと告白すればいいの?
……でも、怖い。私の想いは、やっぱり普通じゃないから。女の子が女の子に寄せる想いとしては、重すぎる。
軽々しく口にしては、いけない気がする。

「ああ、そっか」

そこまで考えて、気がついた。
私の中に生まれた、このもやもやした気持ちの正体。叫ばずにはいられなかった、その衝動の源。

「私、嫉妬してたんだ」

私だって唯先輩にラブレターを渡したい。
唯先輩に想いを伝えたい。
唯先輩に好きって言いたい。
でも、私の中の常識や倫理観というヤツが邪魔をする。だから、私は何もできない。
なのに、それなのに、それができた人がいるんだ。
そう、嫉妬だ。
自分は何もできないでいるのに、という嫉妬。
そして、もっと単純に唯先輩を取られたくないという嫉妬。

「はは、は」

乾いた笑いが込み上げてくる。
醜い嫉妬から、癇癪を起してあんな偽善的なことを捲し立てて。
唯先輩どころか、軽音部の先輩みんなに迷惑をかけた。
なんて滑稽なんだろう。

「……もう帰ろっかな」

気持ちを落ち着けるためにちょっと練習していこうと思ってたんだけど、そんな気分ではなくなってしまったし。
帰る前にトンちゃんにご飯をあげておこう、と思って私が立ち上がると。
背中に、人が入ってくる気配を感じた。その人は扉の辺りから動く様子がない。どうやら、私がいることに戸惑っているらしい。
……もう、何で来るんですか。私だって戸惑いますよ。

「今日は浮気がどうのとか言わないんですね」
「あれ、き、気づいてたんだ」

そりゃあ、あなたにはしょっちゅう後ろから抱きつかれてますし。何となくわかるんですよ。
私は振り向いて、その人、唯先輩を正面から見る。

「どうして、あずにゃん、部室にいるの?」
「いや別に理由はないですけど……。そういう唯先輩こそどうして?」
「えと、私もとくに理由はないんだけど」

とかいって、大方私と同じような考えだと思うけど。
唯先輩が黙る。私も黙る。普段なら唯先輩が一方的に喋り立ててきたり抱きついてきたりするから、私達二人の間でこんな沈黙が流れることはないのに。
ぎこちない空気。
それもこれも、私が嫉妬して余計なことを言ったせいだ。

「あのね」

私が自己嫌悪に陥っていると、唯先輩が沈黙を破った。

「今、ラブレターの子の所に行ってきたんだ」
「え? それってつまり、返事してきたってこと、ですか?」
「うん」
「そ、そうですか」

ごくり、と生唾を飲み込む。
聞きたい。何て返事したのか。でも、それを聞いて、もし『OKした』なんて言われたら私の心はどうなってしまうかわからない。何を言い出すか、わからない。
だから、怖くて聞けない。
ああ、駄目だ。何て憶病なんだ。唯先輩が絡むと、どうしても積極的になれない。素直になれない。

「断わったよ」

しかし、私の葛藤をまるで見通しているかのようにあっさりと唯先輩は言った。
断った? そっか、断ったんだ。
心の底からの安堵のため息が漏れた。
よかった。本当によかった。唯先輩が今すぐ見知らぬ誰かに取られてしまうということはないのか。
まだ、隣にいてもいいのか。

私は一歩一歩唯先輩の方へと近づいていく。

でも、このままではいつか本当に唯先輩は遠くに行ってしまう。私の手の届かないところに行ってしまう。

唯先輩の目の前まできた。

このままでいいの? 私。臆病の虫に取りつかれて、大切なものを失ってしまっていいの?
ううん、まだ手に入れてさえいない。手に入れるための努力もしていない。
そのくせ、唯先輩が遠くに行ってしまいそうになれば、こんなにも暗い気持ちに、嫌な気持ちになる。

「ねぇ、あずにゃん」
「なんですか?」
「あの、怒ってる?」

不安げな瞳。そこにはまだ私の姿が映っている。
まだ。まだ全然間に合う。

「昨日ね、あずにゃんに言われて反省したんだ。確かにふざけ過ぎてたよ。一生懸命あの手紙を書いて、私に告白してくれた子のことをちゃんと考えてあげてなかったし」

俯きがちに、反省の言葉を口にする唯先輩。
きっといっぱい考えたんだろうな。それで、いっぱい反省したんだと思う。心の優しい、暖かい人だから。

「反省したなら、それでいいです」

それより、本当の意味で反省しなきゃならないのは私の方だ。私が自分の気持ちに正直に動かないから、いけないんだ。
唯先輩を戸惑わせる結果になってしまったんだ。
もう唯先輩にこんな不安そうな表情はさせたくない。

「ねぇ、唯先輩」

もう、私自身こんな嫌な気持ちになりたくない。
軽く深呼吸をする。
唯先輩の瞳をじっと見つめる。

「どしたの、あずにゃ――」
「好きです」

言った。言い切った。
私の想いを端的に、簡潔に、かつ完全に、完璧に。
私にできる、精一杯の表現。
重い、想いを伝える言葉。
それなのに。
それなのに、唯先輩は。

「ほぇ? 急にどうしたの? 私もあずにゃんのこと好きだよ~?」

いつもと同じように蕩けるような笑顔で、いつもと同じように軽いノリでそんなことを言って、いつもと同じようにぎゅっと抱きついてくるのだ。
悲しいけれど、これが私と唯先輩の距離なんだ。
私の唯先輩への想いと、唯先輩の私への思いの違い。
胸が苦しい。

「違いますよ」

私は、ゆっくりと唯先輩の腕を引きはがす。
これから先のことは言う必要はない。言ってしまえば、もう今までの関係ではいられない。冷静にリスク計算をすれば、黙っているのが正解。
好きって言って、少しでも近づけたかな、なんて自己満足に浸っているのが一番。
でも、もう止まらなかった。止まれなかった。止まるつもりなんてなかった。
素直になろう。

「私の好きと唯先輩の好きは違います」
「へ、どういうこと?」
「私は、もっと唯先輩に近づきたいし、近づいてほしいです。もっと触れたいし、触れてほしいです」

言葉を選ぶ、なんて上品なこともしない。ただひたすら、心に浮かぶ唯先輩への想いを言葉にしてみる。

「ずっと、一緒に居て欲しいんです」

ずっとは無理でも今隣に立っていられるだけでいい、だなんて、なんと欺瞞に満ち溢れた言葉だろう。
そう。ずっと一緒に居てほしんだ。ずっと隣に立っていたいんだ。ずっと寄り添っていたいんだ。
大好きだから。

「なぁんだ、一瞬もしかして鍬と好きの違いかと思っちゃたよ」

唯先輩は口頭では何を言ってるんだかわかりにくい、らしいボケをかましてから。

「私だってあずにゃんとずっと一緒に居たいよ」

そう言ってふにゃりと気の抜けた笑みを浮かべる。
その無邪気な笑顔が、優しい言葉が、暖かい眼差しが、痛い。
本当に、どうしてこの人はこんなにも簡単に『ずっと』だなんて言えるのだろうか。
口約束だからかな。
入部届けの話ではないが、口約束は破られる。反故にされる。だからこそ、契約書なるものがあるわけで。
口約束にだって効力はあるけど、形には残らない。文章にすれば形に残る。後で立証できる。……私には、今この場で唯先輩が口にした約束の存在を証明する自信は、ない。
唯先輩は信用に足りる人だけど、逆に唯先輩だからこそ信用できない。
この人は、勢いだけで言葉を発する人だから。

「……やっぱり、わかってないです」
「ほぇ?」

私は顔を俯ける。唯先輩の目を見ることができない。私達のオモイの差を埋めることはできないのだろうか。
視界が歪む。泣いてしまいそう。
ああ、もう自暴自棄だ。ヤケだ。

「近づいてほしいっていうのは、唯先輩が思っているよりずっと近くですよ? 触れてほしいっていうのは、唯先輩が思っているよりずっと深くですよ? ずっと一緒に居たいっていうのは唯先輩が思っているより、ずっと、ずっと――」

そう言って落としていた顔を上げると。
唇に、暖かさが降った。
何が起きたか、わからない。
近く、深い。
私の眼前ほぼゼロ距離に唯先輩の整った、可愛らしい顔があって。気がつけば肩を両手でしっかりと掴まれていて。
ようやく、私は今の状況を把握した。
キス、されている。
伝わる。
柔らかさが。
暖かさが。
気持ちが。
思いじゃない、想いが伝わってくる。
陳腐な表現だけど。その数秒は、何十分にも、何時間にも感じられた。

「ぷはっ」

唯先輩が離れた。しっかりと目と目が合う。まだ呆然自失の感が抜けきらない私を目の前に、ちょっと頬を赤らめながら唯先輩は言った。

「私だってあずにゃんとずっと一緒に居たいよ」

その言葉はさっきとまったく同じもの。字面だけじゃなく、込められた想いも同じ。そこで、やっと私は気がついた。
唯先輩の、想い。
本当に、本当に?
同じなの? 私が唯先輩に向けるこの想いを、唯先輩も私に向けてくれているの?
そんなことってあるのか。だって、唯先輩なのに。あの、誰に対しても好きを振りまく唯先輩なのに。
唯先輩も、特別な意味で私のことが好きなの?
目の前の笑顔はさっきと変わらない。
それが、明確な答えだった。

「わかってくれたかな?」

その言葉に首肯することしかできない。
何も言うことができない。

「……もう、あずにゃんはにぶちんさんなんだから。ずっと、ずっと好きだって言い続けてきたのに」

言われてみれば、そうだけど。でも、あんなに軽々しく言われちゃ、本気にできるわけないじゃないですか。
唯先輩にとっては、オモイ言葉は想い言葉ではあっても重い言葉ではなかったということなのか。
そんなの、あんまりだ。
ずっと悶々と思い悩んでいた私は何だったんだ。
もう一度、ぎゅっと抱きしめられる。ああ、あったかい。気持ちいい。
ああ、もう、なんか、全部どうでも――

「よくないですよ!」

思いだした。どうしても、有耶無耶にしておけないことが一つあったんだ。

「え、な、何、あずにゃん?」
「えっと、その唯先輩が私に、その、ま、前から好意を寄せてくれていたのはわかりましたけど。じゃあ何で告白されたときにすぐに断わってくれなかったんですか。私がどんな気持ちになってたか、わかります!?」
「あれ、もしかしてあずにゃんヤキモチ焼いてたの?」

唯先輩は意地悪気にそんなことを聞いてくる。うう、でも、素直になるって決めたんだし。

「そ、そうですよ。悪いですか!」
「おお、あずにゃんがデレてる」
「何ですか、人がせっかく素直になってるのに茶化さないで下さいよ」
「ごめんごめん。ええっとね、告白されたときにはすぐお断りしようと思ってたんだよ? でもちょっと、間が抜けた、じゃなくて、あれ? 日が差した、でもなくて」

多分、魔が差したって言いたいんだと思う。

「まぁいいや。とにかく、もし私が告白されたってあずにゃんが知ったらどうするかなぁって思っちゃったんだ。りっちゃんとのは、本当に悪ふざけだったと思うけど」

……何だそれ。まるで、こんな状況になったのは唯先輩の思い通りみたいじゃないか。
本当に、この人は。私がどれだけ悩んだかわかってるのだろうか。……わかってないんだろうなぁ。
私ははぁ、と小さく息を吐いた。

「馬鹿じゃないですか」
「うん、ごめんね」

私は唯先輩の肩に顔を埋める。いい匂い。思わずくらりときてしまう。

「でも、本当に馬鹿なのは私です」

まさか唯先輩に嫉妬を煽られることになるとは、思ってもみなかった。
どうやら、私は鈍感だったようだ。好意の言葉は今まで何度も聞いてきたというのに。唯先輩はいつも私に語りかけてくれていたのに。
私と唯先輩は同じ想いだったのに。
どうして、一人で『違う』って決めつけていたのだろう。

「大好きだよ、あずにゃん」
「私も、大好きです。唯先輩」

唯先輩と視線を合わせる。
どちらからともなく、互いの距離を再度縮める。ゆっくり、目を閉じる。
ああ。
口約束は信用ならなくても。
このクチ約束なら、信じられるかも。そんなことを、思った。




以上となります。
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松中 竜馬

Author:松中 竜馬
百合が大好きなしがない人間。
唯梓は至高。
趣味はスポーツ観戦・麻雀・小説書き。

ブログの内容は二次創作百合小説が中心となります。
なので、こう言うのも何ですが、そういうのが苦手な方は見ないことをおすすめします。

ジャンルはけいおん!がメイン 
カップリングは唯梓

感想、ネタ振り、唯梓への想い等、コメントを頂けると非常に嬉しいです。百合好きな方、唯梓好きな方は色々と語り合いましょう!

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