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SS クチ約束(1)

2010.05.09 *Sun*
※唯梓
※梓の嫉妬・告白話
※梓視点


『クチ約束』

桜の木々がその色を淡い薄桃色から鮮かな緑色へとほぼ移り変え終わった、そんな四月の下旬。
新入生歓迎ライブから始まって、部室の整理や五十万円事件、そしてトンちゃんとの出会いなど、慌ただしく始まった私達の新しい年度もようやく落ち着きを見せてきた。
私、中野梓は今、暖かい光が差しこむ音楽室で一人ぼぅっとしている。早めにHRが終わったから、先輩たちが来るのを待っているのだった。
目の前ではトンちゃんが呑気そうにすいすいと泳いでいる。時折、水槽を指でこんこんと軽く小突くと反応してくれるのがおもしろい。
最初は変な顔だとしか思わなかったけど、飼ってみれば確かに可愛い。

「別に鼻にピーナッツを入れたくはならないけどね……」

この子を見た時に唯先輩が呟いていた言葉。まったく、おかしな人だ。
後輩ができない私を心配して、この子を飼おうと言いだしたのも唯先輩。あの人の中ではペットと後輩は同じものなんだろうか。……同じなのかも。
私ははぁ、と小さく息を吐いた。
本当に、おかしな人。
でも、もっとおかしいのは。
そんなおかしな人のことをこんなにも好きになってしまった私なんだろう。
前はただ「だらしないなぁ」「もっとしっかりして下さいよ」なんて思っていただけだった。
何となく放っておけなかったから「後輩と先輩が逆じゃないですか」なんて思いながら、世話を焼いていただけだった。
それなのに。いや、だからこそ。
私は唯先輩に惹かれていった。ただ、だらしないだけじゃない、意外な一面を見るたびに、心が跳ねた。もっと唯先輩のことを知りたいって思った。
自分の目の届く範囲に居てほしい、とは前から思っていたけどその意味合いも変わってきた。前は単純に心配だから。でも、今は私が見ていたいから。見つめていたいから。
どうして、こんなことになっちゃったんだろう。
どうして、恋なんてしちゃったんだろう。
叶うことはない、不毛な恋。結ばれることはない、悲しい恋。ただ、私を苦しめるだけの恋。

「なんていうのは、ちょっと自己陶酔が過ぎるかな」

自分をまるで悲劇の恋物語の主人公のように見立てていることに気がついて、苦笑する。
大丈夫。叶うことはないってのはわかってるんだから。ずっとは無理でも、今、隣に立っていられるだけでいい。別にそれほど悲しくはない。
……それほど悲しくない、だけで悲しくないわけじゃないんだけど。

「君は気楽そうでいいね」

トンちゃんに、唯先輩と同じものを感じて思わず愚痴ってしまう。もしかしたら、トンちゃんにだって私たちにはわからない悩みがあるのかもしれないけどね。
そんなことをしていると、部室の扉ががちゃりと開いた。その方向に振りかえると、

「あ~、あずにゃんがトンちゃんに浮気してる!」

そんなセリフとともに、誰ということもない、私の悩みの元凶さんこと平沢唯先輩が現れた。

「意味わかんないです。大体、浮気って誰に対する浮気ですか、誰に」
「え、私に、に決まってるじゃん」

……もう、この人は素でそんなこと言うから困る。わかってます。別に深い意味はないってことぐらい。だって唯先輩だもの。

「はいはい。あ、今からお水を入れ替えてあげようと思うんで手伝ってください」
「軽く流された! 水だけに!」
「上手いこと言ったつもりですか……」

それからすぐに澪先輩、律先輩、ムギ先輩も入ってきて全員でトンちゃんのお世話を始めたのだった。

  ◇

「いや~、一仕事の後の一杯はたまらないな」
「水槽の掃除しただけだろ。練習はこれからだぞ」
「え~、もう疲れた~」
「まったく、しっかりしろ」

ムギ先輩に用意してもらったお茶に口をつけつつ、ぐだっと机に突っ伏した律先輩。そんな律先輩を見て、やれやれとくたびれた息を吐きながら叱咤する澪先輩。
いつもの光景だけど、やっぱりこの二人はとてもお似合いだ。お互いがお互いを必要としていて、助け合っていて。
羨ましいな、と思う。これぐらい、お互いの中に深く入り込んでいける様な関係を私は誰かと築くことができるだろうか。
願わくば。その『誰か』が唯先輩だったら、なんて。高望みなのはわかってる。ふと、思っただけだ。
その唯先輩は、というと。

「うふふ、トンちゃん~♪ どう? 水槽、キレイになったでしょ~」

水槽にへばりついて、トンちゃんに話しかけていた。傍から見ると、完全に変な人だ。関わりたくない人?今韻澄?
というか。

「……なにが浮気ですか。自分の方がその子にべったりなくせに」
「どうしたの、梓ちゃん?」
「にゃっ!?」

ぽつりと零してみた言葉を拾われた。声の主はムギ先輩。
「どうしたの?」なんて疑問形で私に話しかけておきながらその笑顔には「全部わかってるわよ」と書いてある。なんだかばつが悪い。
ムギ先輩が近づいてきて、そっと耳うちしてくる。

「いいのかしら、唯ちゃん取られたままで」
「いや、取られたって……。別にそんな」
「早く素直になって、唯ちゃん引きとどめとかないと。後悔することになるかもしれないわよ?」
「へ、それってどういう……?」
「ふふふ。ところで、梓ちゃん。水槽掃除に手間取っちゃってもう時間も少ないんだけど、練習しなくていいの?」
「え、あ、そ、そうです! 練習ですよ! 唯先輩、練習しますよ」

なんというか。まぁ確信犯なのだろうけど、ムギ先輩のおかげで唯先輩をトンちゃんから引きはがす口実ができた。
唯先輩の腕をひっつかんで引っ張ってみる、が、先輩はびくともしない。

「ええ、もっとトンちゃん眺めてたい!」
「もう、私たちは亀飼育部じゃないんですよ。本業を忘れないで下さい!」
「はっ! そうだ!」

唯先輩は水槽の壁にくっつけていた顔をばっとあげた。よかった、さすがに唯先輩だってギタリストのはしくれだ。練習は大切だってわかって――

「トンちゃんに夢中でムギちゃんのケーキを食べてない!」

なかった。どうやら唯先輩の中では亀>ティータイム>練習のようだ。どんな部活ですか。いやまぁ、バンド名は放課後ティータイムだけれども。

「いやほんと、いい加減に練習……って、唯先輩、そのポケットに突っ込んでる紙、何ですか?」

ふと、ポケットからはみ出したピンク色の紙が目についた。紙、というか封筒のような感じだけど。

「え? ああ、これ? これはね」

唯先輩は『それ』をポケットから抜き取った。やっぱり封筒だ。でも、それは単に封筒と呼ぶにはあまりにも綺麗で、可愛らしくて。
封をする所にはハート型のシールなんかが貼られている。誰が見たって一目瞭然。それは、紛れもなく。

「らぶれたー、だって」

  ◇

それは今日の朝のこと。上履きに履き替えるために、靴箱を開いた唯先輩は手紙を見つけた。
差出人は今年入学した新入生。
そっちは見せてもらったが内容は割と普通なファンレターだった。
そこには去年の学祭ライブを見て、私達の、というかギターボーカルの唯先輩のファンになったこと。去年の末のライブも見にきていたこと。
そして、少しでも唯先輩に近付くために桜が丘高校に入学したということ。
軽音部に入らなかったのは、あまりにも強く結束している私達を見て、間に入っていく自信がなかったから、そもそも自分で演奏することには興味がなかったからだということも書かれていた。
それでも、軽音部に入ることは諦めても、唯先輩のことは諦められなかったようで。
その子は手紙の最後にこう書き足した。
『会いたいです。今日のお昼休み、屋上で待っています』

「それで、お昼休みに行ったんだけど、そしたらこれをくれたんだ」

これ、と言ったところで唯先輩は手に持つ封筒、ラブレターを私に見せる。ラブレターの方の中身は見せてはくれなかった。恥ずかしいらしい。この唯先輩を恥ずかしがらせるなんて、一体どんな歯の浮くようなことが書かれているのやら。

「なんで唯なんだ! 私が部長だぞ! リーダーだぞ! 一番偉いんだぞぉぉ!」
「やっぱり唯ちゃんはギターボーカルで目立つものね」
「ちくしょー、ドラムやめてやるー!」
「……律のヤツ、後輩からラブレターもらいたいんだ。そっか……」

喚いている律先輩と若干へこんでいる澪先輩は無視。というか、そんなことに気を払っている余裕なんて今の私にはこれぽっちもなかったのだ。
唯先輩がラブレターをもらった。それだけのことで、こんなにもイライラしている。
当然か。私にとっては『それだけ』のことじゃないんだから。私の想い人を他にも想っている人がいるという事実は私を完全に動揺させていた。

「なんか、すごい嬉しそう、ですね」
「いや~、だってあれだけ真正面から褒められて『好きです』なんて言われちゃ、嬉しくないはずないよぉ。あ、聞いて聞いてっ。しかもその子すっごいちっちゃいんだ。もう、可愛くてさー」

イライラ。
ちっちゃい、可愛いだって。それは私に抱きつくときに言ってる言葉。そうですか、ちっちゃければ何でもいいんですか。だったらミジンコでも愛でておけばいいじゃないですか。

「……それで、どうするんですか?」
「え? 何が?」
「要は告白されたわけでしょ。その返事はどうするんですかって聞いてるんですよ」
「あ、あずにゃん、何か目が怖いよ……」

イライラ。
相手の子も相手の子だ。去年のライブを見て一目惚れ、だなんて。唯先輩と話したことすらないのにラブレターを送るなんて。
良く言えば積極的なんだろうけど、それよりも軽薄というか、非常に軽い印象しか受けない。ファンという意味での好きとお付き合いしたいという意味での好きを履き違えているのじゃないだろうか。若しくは、俗に言う『恋に恋する』ってヤツか。
どちらにせよ、唯先輩のことをちゃんと知りもしないで大胆な、言ってしまえば盲目的な行動に出たものだ。

「ええと、さすがにこっちとしては始めましてなわけだし、その子のことを全然知らないのにお付き合いも何もないと思って、補習、じゃなくて、あれ補充? 補給? ううんと」

多分、保留って言いたいんだと思う。 

「まぁいいや。とりあえず、まだ返事はしてないよ。てか、その後でアドレス交換して、お友達からお願いしますって言われちゃった」

お友達って。仮にも唯先輩は三年生、最上級回生なのに。ふてぶてしいと思われても仕方がない言い草だ。唯先輩はそういうの気にしないだろうけれど。
まぁでも、唯先輩とその子が付き合うなんてことになるかどうか、と言えばそんなことにはならない気がする。
というか、想像できない。ないない。
自分の中でそう結論付けた。その時。

「よし、唯! その子と付き合うんだ!」
「はぁ!?」

さっきまでぎゃーぎゃー言っていた律先輩の突拍子もない発言に、私は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

「いきなり何言ってるんだ?」

澪先輩が怪訝そうな顔で律先輩に訊く。いや、本当に、いきなり何を言ってるんだ、この人は。

「や、思ったんだけどさ。唯がその子と付き合って、上手いこといって軽音部に入部させるってのはどうよ? 名づけてラブラブカップル大作戦!」

イライラ。
何馬鹿なこと言ってるんですか。冗談だろうとは思うが無責任にもほどがある。とりあえず、一言諫言させてもらおう、

「そんなことする必要は――」
「おお! ないすあいであ、りっちゃん!」
「……は?」

と、思って発した私の言葉を遮ったのは唯先輩だった。……ないす、あいであ?
ナニヲイッテルンダロウ、コノヒト?

「だろ~? あ、ちなみにOKの返事するときはちゃんと入部届けの書類を持ってけよ? 口約束だけでは信用ならんからな。その場でサインさせて確保するのだ! 決して逃がしてはなら~ん!」

イライラ。

「りょ~かいであります、りっちゃん隊員!」

イライライライラ。

「よっしゃぁ、これで新入部員ゲットだぜ!」
「げっとだぜ~」

イライライライライライラ。

「おいおい……。お前ら――」
「ええと、りっちゃん、唯ちゃん? そろそろ止めておいたほうが――」

「これで後輩ができるね、あずにゃん!」

唯先輩の満面の笑みが私の方を向いた瞬間。
ぶちっと、私の中で何かが切れる音がした。

「…………ないで」
「へ? あずにゃ――」
「ふざけないで!」

気がついたときには、大声で叫んでいた。
全員がぽかんと口を開けて、唖然とした面持ちで私を見ていた。私の中の冷静な私が、落ち着けと声をかけてくる。
でも、熱くなった私はその声を無視して、碌に考えをまとめず喋り出す。

「何言ってるんですかっ! そんなめちゃくちゃな手段をとってまで軽音部の部員を増やす意味はないでしょう!? 私は音楽に何の興味もない人がこの部活に入るなんて絶対嫌ですからね!」

叫んでみても、胸の中のもやもやは一向に消えてくれる気配を見せない。それどころか、一層と濃さを増してゆく。

「大体ですね、その手紙をくれた子に失礼だとは思わないんですか!? その子が唯先輩にどんな感情を抱いているのかなんて知ったこっちゃないですけど、何にせよ唯先輩のことを考えてそんな手紙を書いたんでしょ。それをそんな冗談のネタに使うなんて――」
「お、落ち着け、梓」

澪先輩に両肩を掴まれて、私は我に返った。我に返りはしたが、やっぱり私の心の中はざわざわしていた。気持ち悪い。

「律、唯、ふざけ過ぎだ」

澪先輩が、いつにも増して真剣な声色で二人に言う。

「悪い……。調子乗った……」
「ごめん、あずにゃん……」

律先輩、唯先輩もしゅんとうな垂れる。気まずい沈黙。この音楽室には声を発することができる人が五人もいるというのに。
誰も、何も言わなかった。
私も何も言えなかった。いや、もう言いたくなかった。これ以上口を開いても、この気持ちはどうしようもない気がしたから。
結局、その日はそのまま練習することなく、解散となった。
私は一人で音楽室を出ていった。
誰かといっしょに帰れるような気分じゃなかった。



『クチ約束』(2)
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松中 竜馬

Author:松中 竜馬
百合が大好きなしがない人間。
唯梓は至高。
趣味はスポーツ観戦・麻雀・小説書き。

ブログの内容は二次創作百合小説が中心となります。
なので、こう言うのも何ですが、そういうのが苦手な方は見ないことをおすすめします。

ジャンルはけいおん!がメイン 
カップリングは唯梓

感想、ネタ振り、唯梓への想い等、コメントを頂けると非常に嬉しいです。百合好きな方、唯梓好きな方は色々と語り合いましょう!

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